我 日本の柱 とならむ
日蓮聖人御遺文「開目抄」/
文永九年(一二七二年聖寿五十一歳)
今月の聖語
日蓮聖人御遺文「開目抄」/
文永九年(一二七二年聖寿五十一歳)
生きる誓願
この聖語は、日蓮聖人の三大誓願の第一です。三大誓願は、建長五年(一二五三)四月二十八日、立教開宗の日から聖人を支え続けたものです。それは、私たちを支える三大誓願でもあることを意味します。
しかし残念なことに、聖人と全く同じではありません。それは、ピアノの演奏と似ています。ピアノは誰が弾いても決まった音が出ます。しかし、弾く人の技量や魂によって、響きが変わり、意味に深みが増すのです。
それでは聖人は、どのような信仰をもって、このような誓願を立てられたのでしょうか? 「柱」とは、建造物の中心となるものです。と言うことは、一切の世間の過去・現在・未来の三世にわたって、必要不可欠な人間として生きると言う誓願であります。それは「真実を求め至誠を捧げよう」と訳されています。真実を求め至誠を捧げるとは、自己を大切にすることです。それはやがて、他者を微笑ませ、自己を幸せに導きます。これはすべての命を活かしきることです。
この聖人の誓願の中に私たちは生きているのです。