我が面を見る事は明鏡によるべし
『神国王御書』/
文永十二年(1275)聖寿五十四歳
今月の聖語
『神国王御書』/
文永十二年(1275)聖寿五十四歳
=明鏡と仏教=
朝起きて洗顔するとき、鏡の中の自分の顔を見ます。そして今朝の体調を思い、今日一日元気でがんばりたいと祈ります。
それと同じように社会全体を写す鏡があれば、社会の健康状態を知り、そのあるべき姿の規範を得ることができるはずです。
日蓮聖人は音から、その《明鏡》を《仏鏡》と表現され、世の中を写す優れた鏡は仏教であると示されました。私たちは、そこに写し出された姿に学び、正しい道を歩み、安穏な社会づくりへと努力しなければなりません。
『神国王御書』
このご遺文は、日本の国名、地理、歴史から書き起こされ、その後、多くの宗派の経緯を示しながら、その教えに対する疑問が、日蓮聖人を出家へと導いたと語られています。
そして、正しい信仰・信念を立てられないことが国を衰えさせる原因であると指摘され、歴史と経緯から真理を再確認する方策を示されました。本書はお手紙ですが、日蓮聖人の信仰と基本理念が語られた重要なご遺文です。
文永十二年(一二七五)
聖寿五十四歳