七面大明神と出会う
身延・七面山の旅 !
山梨の身延山地のなかで最も高い山、七面山。700年前より、法華経に帰依する多くの信徒が登詣してきた聖地です。
今回は、この七面山の登詣に挑戦しました!果たしてどんな体験ができるのでしょうか?
妙石坊の高座石が伝える物語
まず尋ねたのは、妙石坊です。ここは昔から七面山へと登詣する入り口となってきた場所。境内でまず目に飛び込んできたのは、しめ縄が張られた大きな石でした。この石は一体…?
住職の奥野上人にお話をうかがいました。
「これは“高座石”といい、ある伝説があります。日蓮聖人がこの石の上で説法をしていると、聴衆のひとりに妙齢の女性がいた。彼女は説法を聞き終えると、龍の姿となり『私は、これから法華経を信仰する人々を守護します』と言い残し、七面山の方角へ飛んでいった。この龍女は、法華経の守護神『七面山大明神』といわれています。
この龍女の伝説は非常に有名ですが、意外に知られていないのは、そのとき日蓮聖人が『生きとし生けるものは全て成仏できる』という法華経の講義
をしていたという話です。これは、非常におもしろい。というのも、当時の仏教は、女性成仏をうたっていませんでした。人間以外の畜生も、同じく成仏できないと教えられていた。しかし、龍女は「女」でなおかつ人間ではない「龍」です。それなのに、伝説では龍女でも成仏でき、七面山の守護神となっている。まるで“皆成仏”の教えが示されているような話でしょう? こういった象徴的な話が伝説として残っているところが、興味深いと私は思うんですよ。
法華経では、“皆成仏”が説かれています。しかし、『法華経』というお経は、実は非常に難解なもの。難しいから、当時の日本の僧侶は、民が理解しやすいよう、ほかのお経を抜粋していた。そのために、女性や畜生は成仏できないという教えが広まっていたんですね。しかし日蓮聖人は、難解な法華経をわかりやすく人々に広め、『南無妙法蓮華経を唱え法華経に帰依すれば、誰でも仏さまの徳をそっくり譲り受けることができる』と説きました。とても明解な話でしょう。でも、ここでいちばん大事なのは『志』なのです。“南無法蓮華経”と唱えるときに、きちんと気持ちが入っているか。人々と助け合い、“今”を大切に生きます、という気持ちがあるか。その志こそ、私たちが大切にしなければいけないものです」。
妙石坊は、奥野上人の人柄そのままに、旅人をあたたかく迎えてくれるような不思議な魅力のあるお寺。参詣者がお茶を飲めるスペースも用意されており、奥野上人とお茶を飲みつつお話をするうちに、すっかりくつろいでしまいました!
高座石は、皆成仏という教えそのものを
今に伝えているんですね。女性は成仏で
きないなんて、悲しすぎる!! きちんと
した教えが広まってよかったです……。
女性は七面山に登れなかった?!
妙石坊からさらに車で移動し、いよいよ羽衣の七面山登山口にやってきました。
登山の前に、羽衣橋対岸にある白糸の滝と「お萬の方」像を見物します。お萬の方は、徳川家康公の側室。後に紀州徳川家の初代藩主と、水戸徳川家の初代藩主の母となった方で、熱心な法華経信者だったそうです。そして彼女は、当時「女性が登るとお山の空気がけがれる」といわれ、女人禁制となっていた七面山に登り、その禁制を解いたことで知られています。
日蓮聖人は『開目抄』のなかで「竜女の成仏は決して竜女1人の成仏ではなく、一切女人の成仏である。龍女は未来にわたってすべての女人成仏の道を開いた」という内容の記述を残しています。
この記述を、お萬の方も当然目にしていたと考えられています。そして強い志を持ち、禁制を覆してまで登詣を果たした彼女は“後世に女人登詣の道を開いた”のですね。
お萬の方の偉業に感謝しつつ、いざ出発です!!
鳥居をくぐると、すぐに石碑が現れました。これを見ると、七面山を開いたのは日朗上人となっています。実は、「いつか七面山に登り、七面大明神を祀りたい」と考えていた日蓮聖人ですが、ついに七面山に登ることはかなわなかったそうです。そこで、日蓮聖人が入滅して16年目に、その思いを継いだ弟子の日朗上人が、初めて七面山へ登ったんですね。へ~え、それにしても意外でした!日蓮聖人は七面大明神とは対面していても、七面山には登っていなかったんですね。
女性である私が今、七面山に登れる
のは、お萬の方のおかげですね。
内なる自分と対話できる登詣体験
七面山の登山ルートは2つあります。今回私が登るのは、表参道ルート。羽衣エリアから、山頂の敬慎院まで標高差1200mの道のりを約4~5時間をかけて登ります。
各所に伝説が多く残る七面山は、山全体が七面山大明神だとも考えられ、いわゆる山岳信仰がそのまま息づいています。そんな霊山を登っていくなんて、なんて神聖な行為だろう…、なんて考えていたのもつかの間。次第に頭がからっぽになっていきます。何故かというと……。キツイんです、この登山!七面山の登詣は「苦行」と表現されますが、実際に登るとその言葉に納得。4~5時間の登山自体は初心者でも十分トライできる範囲だと思いますが、問題は高低差。平らな道が全然ないため、ハイキングとは異なり、ひたすら急坂を登っていくイメージ。聖地への登詣、やはり決して甘くはありません!
登山口から七面山頂までの道のりは、「五十丁」と表現され、一丁ごとに置かれた石燈籠の道標を数えて現在地を確認。途中からは、「今十二丁目…まだまだだ…」などとぶつぶつ唱えながら登ることになります。
道のりの折々には坊があり、参詣者を癒してくれます。二丁目の神力坊では、お参りついでに無料の木の杖をお借りしました。二十三丁にある中適坊では、絶品ぜんざいに舌鼓!少し休むと途端に冷えてくる体に、温かくて甘いぜんざいが沁み渡ります……。
登り始めてしばらくすると、前方から太鼓とお題目が聞こえてきました。追いついてみれば、唱太鼓を手にした信徒の方々の列が。私の2倍以上の年齢を重ねていると思しきおばあさまも、元気に急坂を登っていました。聞けば、当然若い人よりは時間がかかるので、朝早くから約6時間程かけてゆっくり登るんだとか。それでも毎回必ず全員、山頂まで登詣するそう。すごい! 若干3☆歳の私がキツイなんて言ってられません……。
四十丁あたりからは、しんどいを通り越して、不思議な感覚に。しんと冴え渡る冷たい空気を頬に感じながら、聞こえるのは自分の息づかいと心臓の鼓動だけ。「どうしてこんなことやってるんだっけ…」などと自問自答を繰り返すようになります。もう自分のどろどろのメイクの状態や、暑い寒いなんて気にしていられません。ひたすら登頂することだけに集中します。
三十丁あたりから「ヤバイ、
本当にダメかも…」と思い始
めましたが、四十丁の段階で
はむしろ「できる、できる…」
と自分を励ますように(笑)。
ついに頂上の敬慎院に到着!
やっと…やっと…!永遠に続くかと思われた山道が四十五丁あたりから開けていき、眼前に和光門が現れます。ここから山頂にかけての地域は、七面大明神がまします神域といわれ、「精進潔斎(しょうじんけっさい)」の聖地。肉や魚などの食べ物を口にすることはできません。
門をくぐり先に進むと、そこで私を待ち受けていたのは、見事な富士山の姿でした! 下から全体像を眺めることはあっても、雲の上に姿を現した富士山を眺めることはなかなかないですよね。疲れも吹き飛んでしまうような、素晴らしい眺めです。
富士山を眺めた逢拝所の後ろの随身門をくぐり、急な階段を下れば、本日の宿をとらせてもらう敬慎院が。七面大明神をまつる七面山本社を中心に、池大神社、願満社、参籠殿などがあり、予想よりも大きなお寺でした。なんと約千人の信徒が一度に泊まれるようになっているそうです!
敬慎院裏にあるのが、竜神が姿を現すという一の池。古来から一度も枯れたことのないそうです。池そのものも信仰の対象となっているそうで、確かに神秘的な雰囲気が漂っていました。
実は池は、七面山を中心に7つあるといわれているそう。このうち、一の池、二の池は今でも七面山山中に訪ねることができます。ですが、三の池から七の池の場所までは、あまりはっきりしていないとか。特に七つめの池は「見ると目がつぶれる」という言い伝えがあり、誰も見た人はいないそうです。そういわれると、「見てみたい!」なんて気持ちが吹き飛んでしまいます…。
さらに裏山道方面へしばらく歩き、奥之院に到着。ここには巨大な石「影嚮石(ようごうせき)」があります。この石には、七面大明神が石の上に姿を現し、初めて七面山に登った日朗上人一行を迎えたという言い伝えが残されています。影嚮石の周りを唱題しながら7周り半すると、ご利益があるんだそう。それはやってみないと!さっそく、疲れた足の疲労をものともせず、しっかり7周り半まわってきました。ただし、頭が疲れきっていてきちんと数えられず、6周目あたりから回数が怪しかったような…(笑)。
七面山には、池や石をご神体とする
信仰が残っています。山岳信仰と聞
くとピンときませんが、実際にご神
体を前にすると、確かに何か神聖な
ものを感じます。昔の人々も同じよ
うに感じていたのでしょうか?
山頂にて一泊の“参篭”体験
裏山道を山頂まで戻り、本日の宿をとらせてもらう敬慎院へ。ここに宿泊し祈願することを「参篭」というそうです。戸を開くと、ハッピを着た大勢の「座敷番」や僧侶の方々が迎えてくれました。「お疲れさまでございました」、「どうぞゆっくりお休みください」と口々に温かい声をかけてもらえるのが本当に嬉しく、ホッとします。気分はまるで、完走して歓声で迎えられるマラソンランナー!
夕食は、濃い目の塩気がうれしいお味噌汁とご飯、煮物や酢の物など。少なめに見えますが、食べ進めてみると、ゆっくり味わって食べるせいか、思ったよりもボリュームがあってお腹いっぱいに。そして、なんとお酒がついているんです!アルコールが疲れた体をあたためてくれ、ゆっくり休めそうですね。
十分に体を休めたあと、夕勤に参加します。
夕勤の前に行われたのが「ご開帳」。本道の奥にある小さなスペース・奥殿にて、ここまで登ってきた者のみが、七面山大明神の像を拝むことができます。明かりはロウソクだけでほの暗く、密やかな雰囲気の中でのご対面でした。
続いて、「七面大明神」と書かれた大きな提灯の掲げられた本堂にて、夕勤が始まります。驚いたのは、参拝者の人数。およそ150名くらいいるでしょうか。中には小さな子どもやご高齢の方の姿も。こんなにたくさんの人々がここまで登ってきていたのかと思うと、驚きます!
勤行では、速読(はやよみ)といわれる猛烈な速度での読経が行われ、大勢の信徒が唱えるお題目の音と4つの大太鼓の音が、堂内いっぱいに響きます。大音響に包まれ一心不乱にお題目を唱えていると、そのうち、登山中と同じように頭のなかがからっぽになってくるのが分かります。心地よい疲労感(達成感?)に包まれ、夕勤終了。
登山で疲れていたせいか、ふとんに入るとすぐに気持ちよく眠ってしまいました。
こんな山の上で温かいお風呂やご飯が
いただけるなんて、ありがたい!
座敷番や僧侶の方々もみんな、同じように
歩いて登ってきているそうです(!!)
富士山から昇る御来光に感動!
翌日の明け方、まだ暗いうちから起きだし、昨日富士山を眺めた逢拝所へと向かいます。既にたくさんの信徒さんがお題目を唱えながら、富士山の方向を見つめていました。
春と秋の彼岸の中日には、房総半島(千葉)の上総一ノ宮の太平洋上から昇った朝日の光が、鎌倉の北部を通り、富士高原の天空を飛び、御来光となって七面山に届くのだそう。まるで、日蓮聖人の足取りを辿っていくかのような道筋ですよね。
さらに、光の矢はその先の出雲大社のあたりまで向かいます。「霊峰」といわれる富士山から、ここ七面山本社を通り、日本最古の神の宮である出雲大社へ一直線に注ぐ太陽の光。それぞれに深い信仰の地があることに、思わず意味を感じます。
そんなことを考えているうちに、富士山のふもとの方向がオレンジ色に染まってきました。真っ暗だった山々に光がさし、雲海が明るく照らされます。それは、感動的な美しさ。「ここまで昇ってきてよかった…」と思わせてくれるのに十分な、神秘的な光景でした。
最後に敬慎院に戻り、長谷川別当のお話をうかがいました。
「敬慎院では、身延にある32の坊の住職が、交代で三年間僧侶の代表を務めています。これが『別当』です。私も身延に自分のお寺がありますから、皆さんと同じように3、4時間をかけてここまで通ってくるんですよ。ここの山道はきついでしょう? 1300mの高低差を一気に登るのみのコースですからね。でも、大企業の社長さんでも、お年を召された方でも、誰でもみんな自分の足で登ってきます。それは、登詣自体に意味があるから。
ここは「解決がつく山」といわれます。悩みがあったり、人生の岐路に立っている方は、辛い道のりを登っているうちに自問自答を繰り返すんですね。そうしているうちに迷いがなくなり、いつのまにか心のスイッチが押されるようで、「山頂に着く頃には、決心がついて頭がスッキリしました」とおっしゃる方が実に多いんですよ。
七面山に登り始めた瞬間から、もう七面大明神は手を差し伸べてくださっています。ただしその声をきちんと受け取るには、自分の足でここまで来る、その道のりが大切なのです」。
なるほど、確かに昨日私も自問自答を繰り返しました。あの瞑想のような状態も、修行のひとつだったんですね。
下山する参拝者の方々に、にこやか
に声をかけていた別当。
その様子や、敬慎院での心のこもった
おもてなしに感激し、再訪する方も
多いようです!
古来からの日本の信仰に触れることができました!
七面山では、御来光への信仰、お池の龍神信仰、山道を登詣する苦行――。さらに、七面大明神に現世の利益を願う祈り、夕勤で因縁の消滅と供養を願う祈りなど、たくさんの信仰の姿を見ることができます。それだけでなく、熱い思いを胸に“苦行”を経て集まる人々に出会えることが、いちばんの醍醐味かもしれません。また登詣で経験した「自分との対話」は七面山でしかできない貴重な体験でした。静かに集中して決断をしたいときには、また再訪したいと思います!
- 今回うかがったお寺
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妙石坊(山梨県南巨摩郡身延町身延4181 TEL: 0556-62-0238)
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神力坊(山梨県南巨摩郡早川町赤沢1328 TEL: 0556-45-2117)
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中適坊(山梨県南巨摩郡早川町赤沢1341 TEL:0556-45-2130)
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敬慎院(山梨県南巨摩郡身延町身延4217-1 TEL:0556-45-2551)
参籠は一泊2食付¥5,000~(ご開帳料を含む)
http://www.kuonji.jp/shichimenzan/index.htm