日蓮聖人の故郷・千葉県には、ゆかりの寺が点在する。多くの伝説が残り、篤い信仰を集める名刹で過ごす時間は、心を穏やかにしてくれる。
日蓮聖人の安息の地
向かったのは法華経寺。京成線京成中山駅を降り、改札を出るとすぐに参道の入り口となる黒門が見える。道の両側に軒を連ねる和菓子や土産物店などをのぞきながら10分ほど歩くと赤門とも呼ばれる仁王門に着いた。
ここ法華経寺は、松葉ヶ谷の焼き討ちにあった日蓮聖人を、信者であった領主・富木常忍公(のちの日常上人)らが迎えた地。はじめて聖人が法華堂を開き、寺号を与え、本尊仏像の造立、法華経の授法、そして百日百座の説法を行ったところでもある。
日蓮宗の祈祷根本道場としても知られ、境内の荒行堂では毎年11月1日から2月10日まで「寒壱百日大荒行」が行われる。また、小松原法難の際に聖人を助けたとされる鬼子母神に感謝し、自らが彫ったという鬼子母神像を安置することで名高い。鬼子母神堂は江戸三大鬼子母神に数えられる。
国宝「立正安国論」や「観心本尊抄」など、日蓮聖人自らが記した遺文が数多く残る。境内には、国の重要文化財の法華堂、五重塔、四足門、祖師堂などが鎮座。法華堂は宗門最古である。
「四度の法難を乗り越えた日蓮聖人にとって、ここは安息の地でした。聖人の『五つの最初の地』。つまり『五勝具足』の霊場です。心穏やかな時を過ごしてください」と同寺の貫首は説く。御題目が響き渡る境内を歩き、古刹の歴史を紐解いてみたい。
宗門最古のお釈迦様を祀る
同じく京成線沿線には弘法寺がある。最寄りの国府台駅から歩いて10分ほど。小高い丘の上に立ち、桜の名所として知られる。例年見ごろの4月上旬には華やかに参詣客を迎えてくれる。境内の樹齢400年を超える枝垂れ桜が有名で、「伏姫桜(ふせひめざくら)」と呼ばれ親しまれている。
弘法寺の歴史は古く、奈良時代に遡る。天平9年(737年)、この地を訪れた行基が、里の娘・手児奈(てこな)の哀話を聞き、菩提を弔うために「求法寺」として開いたのが始まりだ。その後、平安時代に弘法大師が七堂伽藍を建て、名を弘法寺と改め、鎌倉時代になって六老僧の一人・日頂上人によって日蓮宗に改宗した。天正19年(1591年)には徳川家康より寺領30石の御朱印状を拝領した。
明治21年(1888年)の大火で、伽藍は大部分を焼失したが、仁王門と鐘楼堂だけが被害から免れた。本殿に祀るお釈迦様は、日頂上人が開眼したと伝わり、宗門最古。また、仁王門に掲げられた扁額「真間山」の文字は空海が記したともいわれ、長い歴史を随所に感じられる。
アジサイが見事な花の寺
東京の池上本門寺、鎌倉の妙本寺とともに三長三本と呼ばれる本土寺もぜひ足を延ばしたい。
JR常磐線北小金駅を降りて北口を出て、県道280号線を渡り松と杉の参道へ。新鮮な野菜や漬物を販売する店や食事処などが立ち並び、門前らしい賑わいをみせる。10分も歩くと「長谷山」の扁額を掲げた朱塗りの仁王門に着いた。
本土寺が立つのは、源氏の名門である平賀家の屋敷跡。鎌倉時代中期の建治3年(1277年)、領内の地蔵堂を移して法華堂として始まり、その後日蓮聖人の高弟・日朗上人を導師として招き、聖人から寺号を授かったという。
境内には見どころが多い。慶安4年(1651年)に建立した本堂や平成3年(1991年)に日像菩薩650遠忌記念で建てられた五重塔、日像上人が生まれた時に清水が湧き出でて、それを産湯に使ったとされる乳出の御霊水などが点在する。
四季折々の美しい自然も見逃せない。特に、5000本の花菖蒲、10種5万本のアジサイが境内をしっとりと彩る初夏の景色は見事。また、紅葉も風情豊か。例年11月下旬には、大盃やヤマモミジなどが色づき、艶やかな装いになる。
御神木の大杉は樹齢750余年
妙照寺にも立ち寄りたい。柏駅からは車で約10分。駅周辺の賑やかさが徐々に薄れるにつれ、周囲に緑が増え、落ち着いた雰囲気が漂っている。
妙照寺は、弘仁年中(810年頃)、越後阿闍梨日弁上人よって、真言宗の寺として建立された。日弁上人が37歳の時、日蓮聖人と法華真言勝劣の法論を行い敗れたのを機に、聖人に深く帰依して弟子となり、その後、正応元年(1228年)頃に真言宗の寺を改宗し、妙照寺となった。
境内でひときわ存在感を放っているのが大杉だ。幹周りは約6メートル。樹齢は定かではないが、日蓮聖人が初めて御題目を唱えた750年余前という。時おりライトアップも行われ、光に照らされた大杉は昼間とは異なり幻想的だ。
大杉の下には浄行菩薩が静かにたたずむ。すぐそばにはタワシがズラリ。これは浄行菩薩の御神体を洗うもので、自分の悪い部分と同じところを洗うとご利益があるという信仰がある。また、毎月16日には写経会も開かれ、心身を健やかにするスポットとしても親しまれている。
のんびりと聖人の教えが息づく千葉の名刹を訪ねる旅。厳かに、清らかに、心身をリセットしたい。