日蓮宗メールマガジン7月号
「ご縁を大切に」
先日、「私もその行事に参加したい」といった母の一言からとても貴重な体験をすることができました。その行事は普段の私なら縁のないところで行われました。
私が僧侶になる第一歩、大切な修行でお世話になった先生からとても久しぶりに「当日、お手伝いをしてもらえませんか。」とお声がけを頂きました。私は何をするのだろうか、私にしっかりと務めることが出来るのだろうかと当日が来るまでドキドキしていました。当日になりお手伝いの内容を承り、普段なら味わうことの出来ない緊張感に包まれ、おもてなしとは何かを考えながら動き、無事に仕事を終えることが出来ました。
次の日、その先生から「余り楽しくない御役でも一番大切な御役を務めて頂き有難うございました。安心しておまかせ出来て、他のことに集中できました。」とのお言葉を頂き、先生の御役に立てたこと、この貴重な体験ができたご縁を嬉しく思いました。
日蓮聖人はご遺文『法華題目鈔(ほっけだいもくしょう)』の中に次のような言葉を説かれています。
「この経に値(あ)ひたてまつる事をば、三千年に一度花さく優曇華(うどんげ)、無量無辺劫(むりょうむへんごう)に一度値ふなる一眼(いちげん)の亀にもたとへたり。大地の上に針を立てて大梵天王宮(だいぼんでんのうぐう)より芥子(けし)をなぐるに、針のさきに芥子のつらぬかれたるよりも法華経の題目に値ふことはかたし。この須弥山(しゅみせん)に針を立ててかの須弥山より大風(たいふう)のつよく吹日(ふくひ)いとをわたさんに、いたりてはりの穴にいとのさきのいりたらんよりも、法華経の題目に値ひ奉る事かたし。」 (渡邉宝陽・小松邦彰編: 『日蓮聖人全集』 全7巻より 引用)
この御遺文の最初にでてくる「優曇華(うどんげ)」と「一眼の亀(いちげんのかめ)」は法華経の二十七番目『妙荘厳王本事品(みょうしょうごんのうほんじほん)』に
「仏には値(あ)いたてまつること得難(えがた)し、優曇波羅華(うどんばらけ)のごとく、また一眼(またいちげん)の亀の浮木(うきぎ)の孔(あな)に値(あ)えるがごとし」(三木隨法編著:真訓対照法華三部経より 引用)と説かれています。
仏にお会いすることは、優曇波羅の華という数百年あるいは数千年に一度しか咲かない華の様にとても難しいことである。また一眼の亀の浮木の穴に当たるようなものであるという意味です。「一眼の亀」とは、広い海の中より、千年に一度した浮んでこない片目の亀のお話。その亀は手足がなくヒレもない。お腹が焼けた鉄のごとく熱く、甲羅は雪山のように冷たい。この亀がいつも願っているのは熱いお腹を冷やし冷たい甲羅を温めること。亀の熱いお腹を冷やす為には、赤い栴檀(せんだん)が必要であった。なにしろこの片目の亀は、大海のなかより千年に一度しか浮んでこず、赤い栴檀に出会ったとしても、その木がちょうど亀が乗りやすく、すっぽりと入れる穴があいていないと日の光で甲羅を温め、お腹を冷やすことが出来ない。果たしてこの亀はぴったりの赤い栴檀に出会うことができるのだろうか。と私たちが『法華経』に会うことの難しさに譬えられております。
母の一言から、今回とてもお世話になった先生の御役に立てたことは自分自身への自信の一つとなり、最近では消極的に行動しがちでしたが、今回の出来事を通じてお釈迦様、日蓮聖人の教えを僧侶として一人でも多くの方に伝えることが自分の使命であると改めて実感しました。この体験は自分が僧侶となったからこそのご縁で、貴重な経験をさせていただく機会に恵まれたのだと思いました。
【お知らせ】
日蓮宗宗務院伝道部より、今月の予定をお知らせ致します。
8日 大曼荼羅始顕750年
13日 お盆迎え火・宗務院休業(13〜15日)
16日 お盆送り火
20日 土用
23日 土用の丑
28日 いのりの日