インタビュー
更新日時:2018/01/29
シリーズ「未来のお寺を考える」⑧
現代にも寺子屋は必要だ
心をはぐくみ、いのちを学ぶことができるのはどこなのか
~神戸(ごうど)妙昌寺住職 村井惇匡(むらいじゅんきょう)~
埼玉県東松山市。檀信徒の足も遠のき荒れ果てていた寺に、今では子どもたちの元気な声が響き渡っています。在家から仏門に入り、荒れ寺の住職になる道を選んだ村井住職。35歳で妙昌寺の住職に就任して以来、自身が目指すお寺を作り上げてきました。なかでも11年目を迎えた「夏休みこども道場」は寺子屋活動の柱として、地元はもちろん、県外からも参加者が訪れるという人気行事に。荒れ寺からの復活は如何にして行われたのか、お話を伺ってきました。
神戸(ごうど)妙昌寺住職
村井惇匡(むらいじゅんきょう)
1968年生まれ。滋賀県出身 立正大学仏教学部卒業
1992年日蓮宗信行道場修了、日蓮宗教師資格取得
2003年埼玉県東松山市 妙昌寺 42代目住職となる
2010年NPO法人と協力、資金提供でカンボジアに中学校建設
2012年宗門から権僧正に叙任される
2014年カンボジアに小学校も建設
◼世間に望まれていた、こどもの心を育てる寺子屋の役割
編集部)
たいへん広大なお寺ですが、どのくらいの広さがあるのですか?
村井住職)
約1600坪です。境内には本堂、祖師堂、鬼子母神堂、稲荷堂、庫裡、墓地があります。知人からのご縁でご紹介いただき、最初に訪ねたときはジャングルのように鬱蒼としていたんですよ。ですが、私はどこかで力一杯、布教活動に尽力したいと願っていました。ですからこちらのお寺とのご縁は有難かった。妻の後押しもあり、ここ妙昌寺の住職になったのが2003年です。
編集部)
「夏休みこども道場」の取り組みが10年を超えられましたが、最初はどのようなきっかけで始められたのでしょうか。
村井住職)
妻の友人から、「こどもが夏休みに家でだらだらしているので、お寺で寝泊まりしながら修行でもさせてもらえないか」と相談されたのがきっかけです。ご飯とお風呂と布団さえあれば、あとはどんどん修行をさせてください、といわれ、最初は4〜5人をお預かりしたのです。すると翌年も「またお願いしたい」となり、お友達にも口コミで広がったようで、人数が増えていきました。正式に始めたのが2006年になります。
このお寺の環境をよく見てみると、実はとても寺子屋活動に向いていたことに気づきました。体験プログラムは庫裡の2間を使ってできますし、寝泊まりは男子は祖師堂、女子は鬼子母神堂と分けて使うことができます。もちろん本堂でお経も読みます。また、広大な境内では宝探しゲームなども可能です。参加できるのは小学校1年生から6年生まで。最大50人をお預かりしたこともあります。
編集部)
それくらいの規模になると、運営が大変だと思いますが、どのようにされていたのですか?
村井住職)
この道場に来てくれた小学生たちが卒業して、中学生、高校生になりますよね。彼らが「世話役」を志願してくれるんです。それから今年は布教研究所からも手伝いに来てくれたので「訓育スタッフ」をお願いしました。
編集部)
世話係りを作って運営している寺子屋活動は、ずっと継続しているイメージがあります。
村井住職)
運営側の目が全員に届かないのは、やはりよろしくないと思います。志願してくれる世話役のお兄さんやお姉さんたちは、自分たちもこの道場の卒業生なのでよくわかってくれているというメリットがあり、班ごとに面倒を見てもらったりしてとても助かっています。最初からそれを考えていたわけではないのですが、志願してくれたものですから有り難いですね。
それから、人数が多くなるとプログラムやスケジュールをしっかり組んでまとめなければなりません。こちらが今年のプログラムになります。
学びのテーマは「いのち」です。命について、「生まれる命」や「守る命」など毎回角度を変えてプログラムを組んでいます。昨年は「守る」をテーマに消防団の方に来ていただき、今年は「生まれる」をテーマに、誕生学協会の先生に講師をお願いしました。胎児の最初はどんなだったか、産道を通るときの体験などをしてもらいます。最後にこどもたちに感想文を書いてもらうのですが、みんなそれぞれ気づきがあるようで、学びの効果はしっかりと出ているようです。
編集部)
プログラムを組む際に、小学校1年生と6年生ではレベルに差があり、どちらも満足できるもの、というのはなかなか難しい、という話を他のお寺さんでもよく聞くのですが、そのあたりはどうされているのですか?
村井住職)
こどもたちが経験したことがあるものだと、おっしゃる通りスキルや経験値によって差が出てしまいます。たとえば工作。簡単なものにすると6年生にはつまらないかもしれないし、難しくすると低学年のこどもたちは作れない。ところが、こどもたちが経験したことがないものだと、みんな好奇心で楽しんでくれます。
実は、「写仏」はとてもいいプログラムです。お手本を簡単なものと難しめのもの、2種類用意しておくのですが、こどもたちはみんな難しい方に挑戦しています。出来上がりに差はありますが、そもそも正解があるものではありませんので、「今の心を映す」という本来の意味からも離れず、とても良いコンテンツだと思います。
編集部)
確かに写仏はレベル関係なく、好奇心を持ってできそうですね。
村井住職)
こどもたちにはお寺自体が刺激的のようで、ショッピングセンターに行くよりも好奇心いっぱいです。雑巾の絞り方、廊下の拭き方、正座の仕方、箸の持ち方、どれも緊張感を持って体験してもらいます。気づきと学びが連続するようにプログラムが進んで行くんです。食事も修行ですから、器を輪島塗の良いものに変えました。「丁寧に扱う」ということを経験してほしいのです。
編集部)
しおりを拝見すると、止観行、内観法、外観法と書いてありますが、これもプログラムの一つですか?
村井住職)
はい、そうです。お風呂の時間にお風呂のチーム、瞑想のチームに分けて順番に行います。
止観行では
●自分の良いところ3つ
●自分の悪いところ3つ
●今までの自分の反省
●将来の夢
を書き出してもらいます。
内観法(マインドフルネス)では臨死体験を。今、自分はベッドの上にいて、最後に大切な人、2人だけに会うことができます、といった誘導を行います。そこで
●大切な人、2人とは誰か
●その人に何をしてもらったか
●どんな迷惑をかけたか
●何を恩返しできたか
と、心を見つめてもらいます。
外観法は、いわゆるアドラー心理学で、“自分ではここは良くない”と思っていることが実はそうではなく、人から見たら良いところ、ということの体験です。
●班員から見た良いところ
をシェアしてもらいます。
こどもでも楽しみながら自分を見つめる体験になり、これは寺子屋ならではだと思います。
毎回、親御さんにもアンケートを書いていただいていますが、今年はこんなものがありました。
「今まで、自分のものを人に分け与えることができなかった息子が、こども道場から帰って来たら『ケチはいけません』と、お姉ちゃんにお菓子を分けていました。たった1泊2日の体験だったのに、息子の成長に驚きました」
お寺が、心が育つ場になっているというのはとても嬉しいですね。
◼まずは自分が動き出すことで、人々の評価を得ていく
編集部)
運営費用はどうされていますか?
村井住職)
費用は参加費が1人5000円。それに助成金と賛助金で運営しています。経費としては食費、貸し布団、外部講師のプログラム費用、そして万が一のために保険にも入りますので、その費用になります。
編集部)
親御さんの安心のために、保険は大切ですね。
村井住職)
アンケートの中に、「なぜこの道場を選ばれたか」という項目があるのですが、保険に入っているので安心、と答えられる方はかなりいらっしゃいます。また、SNSで随時、道場の様子をアップしているので、こどもの様子がわかって安心という方も。「長く続いているから」と書いてくださる方もいて、続けることの価値も感じています。続いていることが十分、安心材料になっているようです。夏だけでなく、冬もお願いしたいという希望が多いので、今後の検討課題です。
編集部)
寺子屋活動をするにあたり、リスク対策も必要でしょうか。
村井住職)
これまで特に問題になったことはないのですが、強いていうならこどもの体調管理でしょうか。アレルギーなどは事前に伺っておきますが、当日体調を崩すこどももいます。当日、具合が悪い時は参加を見合わせていただいたり、途中で迎えに来ていただいたこともありました。でも翌朝、「元気になったから!」と言って2日目も参加されました。こどもは来たかったんですね。
それからホームシックもあります。内観法をすると親が恋しくなって泣き出す子もいます。でも、放っておいていいんです。大人が部屋からいなくなるとぴたりと泣き止んだりしますから。大声で騒いでもお寺は大丈夫。感情をたくさん出してくれればいいんです。
編集部)
何かを始めようと思っても、家族に反対されたりリスクを鑑みて二の足を踏むというお寺も少なくないようです。リスクを恐れるよりも、まずやってみることが大事ですね。
村井住職)
そうだと思います。私がこのお寺に来たときは、本当に荒れ寺でした。どうしたものかと思いましたが、とにかくお寺を再興しなければなりません。しかし、好き勝手に作るわけにもいきませんから、地元の人たちに話を聞くことから始めました。昔はどんなお寺だったのか、町はどんなだったのか。すると、ご年配の方々は「今度のお寺さんは話を聞いてくれる」と、興味を持って、協力してくれるようになります。地元の風習や行事を聞いては実行する。お年寄りには懐かしく、こどもたちには新鮮だったようです。最初は寒行から始めました。お正月から節分まで、最初は1人でしたが徐々に参加してくれる人も増えてきました。そして11月から2月までは水行も。これも参加したいと希望者が増え、元旦と節分のみ、皆さんと一緒に行います。こうやって、お寺に少しずつ活気が戻ってきました。
もともと、このお寺は檀家を持たないお寺で、日蓮様が佐渡に行く際にお通りになったお寺。青鳥城(おおどりじょう)の城主が護したという歴史があり、江戸時代も檀家制を取らなかったようです。土地が十分にあったので、農地にして寺領があったこともあり、それを糧に若いお坊さんを育て、学僧を育てていました。まさに寺子屋だったんですね。ですから、こども道場も妙昌寺の伝統の継承なのです。
編集部)
今後は檀家制度ではない形でのお寺の在り方もあると思いますか?
村井住職)
このお寺の歴史がそうであったように、もちろんあると思います。檀家さんの数が多く法事に追われるお寺では、お寺が本来すべきこと、つまり布教活動や心を育む場作りまでとても手が回りません。今、「檀家離れ」が起きているというなら、それはチャンスではないですか。お寺が原点回帰する、まさにそのタイミングが来ているのではないでしょうか。お寺に興味がないわけではない。でも檀家制度には縛られたくない、そういう方は、たくさんいらっしゃると思います。実際、こども道場に参加される方の中で、檀家さんは1人だけです。
それぞれのお寺は、得意な分野で活動すればいいのだと思います。祈祷寺でもいいし法事寺でもいい。寺子屋がメインでもいい。お坊さんだって、話すのが得意な人もいれば、声が得意な人だっている。それぞれ役割分担があってもいいのではないでしょうか。
お寺の経営を考えたとき、今目の前の短期的な収入を考えるよりも本来お寺は何のためにあるべきかを考えなければなりません。法事に追われてしまうと、その時間がないのかもしれませんね。
編集部)
妙昌寺はもう、地域の寺子屋としての存在をしっかり作り上げていますね。
村井住職)
まだまだこれからですよ。私はここで「善悪」を教え続けたい。それが目標です。こどもたちには地獄絵図を使って説明します。人を笑顔にする行いは何か。人から笑顔が消える行いは何か。「あのお寺に行けば、こんなことを教えてもらえる」、「昔、あの寺のお坊さんにそんなこと習ったな」、そんな風に思ってもらえるお寺で在りたいですね。
編集部)
お寺の目指す未来が、すでにここにあるような気がします。本日はどうもありがとうございました。