●かけ値なしの命
可延定業御書
【かえんじょうごうごしょ】
今回取り上げる『可延定業御書』は文永(ぶんえい)十二年〈1275〉、ご信者の富木尼(ときあま)に宛てて書かれたお手紙です。
富木尼は、中山法華経寺の開基である富木常忍(1216-1299)の奥さんです。富木常忍は有力檀越として日蓮聖人を初期から支え続けた人物で、主要著作である『観心本尊抄』を送られるなど教義理解にも優れて信頼も篤く、聖人の死後には出家し日常と名乗りました。その常忍の献身的な妻であった富木尼は、六老僧*1の一人である伊予房日頂上人の母でもあり、この『可延定業御書』も「日頂も、あなたの病状を心配して、日月にむかって自我偈をあげていることでしょう〈いよどの〈伊予殿〉もあながちになげき候へば日月天の自我偈をあて候はんずるなり〉」との文で結ばれております。
こうして息子の日頂が心配して健康祈願の読経をするほどに、富木尼は病気がちでした。そんな彼女を見舞うためにしたためられた書状が、この『可延定業御書』となります。
『可延定業御書』は、まず、病気には「軽病」と「重病」の二種があるとし、たとえ重病であっても名医による早期治療を受ければ全快する、と述べられます。
さらに、富木尼も信仰している『法華経』第七巻の薬王菩薩本事品第二十三には、「この『法華経』は世界中の人々の病を治す良薬である」と述べます。そして、『法華経』イコール良薬という説の実例を挙げていきます。
- 阿闍世王(あじゃせおう)*2の病気〈悪瘡(あくそう)〉が『法華経』〈の補足である『涅槃経』〉によって治り、延命したこと
- 『法華経』の権威である天台大師智顗(てんだいだいしちぎ)〈538-597〉が、余命いくばくもないと診断されていた兄〈陳臣(ちんしん)〉の寿命を15年も延ばしたこと
- 『法華経』常不軽菩薩品第二十に登場する常不軽菩薩が『法華経』によって寿命を延ばしたこと〈「増益寿命(ぞうやくじゅみょう)」〉
- 日蓮聖人自身も、臨終の床にあった母のために『法華経』を用いて祈り、その命を4年延ばしたこと
このような『法華経』を信仰しているのだから、病気もきっと癒えて寿命も延びることだろう。しかも、あなたの知り合いには名医の中務三郎左衛門尉(なかつかささぶろうさえもんのじょう)殿がいる、と述べられます。
中務三郎左衛門尉殿〈1229-1296〉とは富木常忍と並ぶ有力檀越で、「四条金吾(しじょうきんご)」の名で親しまれています。あの『開目抄』を宛てられた人物でもあります。この金吾は医療の心得があり、日蓮聖人の腹痛を治療したこともありました〈『中務左衛門尉殿御返事』参照〉。この金吾の診察を受けるよう、聖人は富木尼に勧めておられます。
そして、再び『法華経』第七巻の薬王菩薩本事品に話が戻り、同品の「三千大千世界の財を供養するよりも、手の一指を焼きて仏法華経に供養せよ」という経文が引用されます。
このように自分の体〈の一部〉を犠牲にすることで供養とする修行を、「捨身(しゃしん)」の行と言います。こうした薬王菩薩本事品を手本とする捨身の行は、歴史上何度か流行し、その度に物議を醸して禁止されるなどしてきました(『僧尼令(そうにりょう)』という史料によれば、日本でも奈良時代に捨身行禁止のお触れが出されています)。たとえば『南海寄帰内法伝(なんかいききないほうでん)』の著者として知られる義浄(ぎじょう)〈635-713〉は、身体を軽んじ粗末にする行為として捨身行を批判しています。
たしかに「自分の体を焼いてしまいなさい」と説く薬王品の経文は、「身命など粗末にしてかまわない」と曲解されてしまう危険性があるかもしれません。しかしこの経文を『可延定業御書』は、「自分の身命を軽々しく捨ててしまえ」という意味では決して読まず、むしろ逆に「自分の身命の重さ」を説いた文……つまり「命の大切さ」を述べた文として読んでいます。
「三千大千世界の財を供養するよりも、手の一指を焼きて仏法華経に供養せよ」とあるように、世界中の財宝を集めてみても、その価値は、自分の指一本にすら及ばないのである。つまり自分の命より大事なものは、世界中どこを探しても見つからない。だから命を大切にせねばならない……このように『可延定業御書』は薬王品の経文を解釈し、そして
「たった一日の長さの命でも、三千世界の財宝以上の価値がある。〈一日の命は三千界の財にもすぎて候ふなり〉」
「しかもあなたは、まだ年齢もそこまでいっていない。しかも、病を癒やし命を延ばすという『法華経』にめぐり会っている。一日でも長く生きれば、その分、功徳を積むことができる。なんと貴重な命でしょうか、なんと貴重な命でしょうか。〈しかも齢もいまだたけさせ給はず、しかも法華経にあわせ給ひぬ。一日もいきてをはせば功徳つもるべし。あらをしの命や、あらをしの命や〉」
たった一つの命が、世界中の財宝に匹敵する、いやそれ以上だ。だから自分の命を大切にして、たった一日でも長く生きて、できるかぎり善いことをなそう……そのように『可延定業御書』は富木尼を、そして我々を励ましているのです。
注釈
*1
日蓮聖人が後継者として指名した六人の弟子。日昭(にっしょう)、日朗(にちろう)、日興(にっこう)、日向(にこう)、日頂(にっちょう)、日持(にちじ)。
*2
マガダ国の王。父の頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)を殺して王位についたが、やがて改心して釈尊に帰依した。