言語道断
一般的には「もってのほか」「論外」のような怒りを含んだ否定の際に用いられます。
元々は漢字の通り、言葉の道を断つという意味でした。
仏教の認識によれば、モノゴトを理解するのに言葉による認識を離れることがサトリへの道だと考えられています。ですから言語道断とは、言葉による認識の囚われを離れ、言語表現が出来ない境地へ歩みを進めるということになります。
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じつは身近な仏教用語
一般的には「もってのほか」「論外」のような怒りを含んだ否定の際に用いられます。
元々は漢字の通り、言葉の道を断つという意味でした。
仏教の認識によれば、モノゴトを理解するのに言葉による認識を離れることがサトリへの道だと考えられています。ですから言語道断とは、言葉による認識の囚われを離れ、言語表現が出来ない境地へ歩みを進めるということになります。